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オーケストラの大荷物、どうやって移動させてるの? パズルみたいな楽器運びの裏側
こんにちは。ライターの斎藤充博です。車で運ぶのに大変なものっていろいろとありますが、楽器もその一つです。ましてや、フルオーケストラに使われている楽器には、大小さまざまな種類があり、一つ一つ形が違ってきます。中にはかなり高価な物もありそうです。
そんな楽器を、公演の時間までにきちん会場へ運び込むには、ものすごい技術が必要になるのではないでしょうか。正直、これまでにオーケストラに興味を持ったことはないのですが、「オーケストラの移動」の裏側はぜひ一度見てみたい。
そこで今回はオーケストラが定期演奏会に向けて「楽器を車に積み込む」ところにお邪魔しました。華やかなオーケストラの裏側で、普段では決して見ることができない、匠の技を知ることになりました。
楽器の扱いはとても繊細
「楽器の積み込み作業を見たい!」というオファーを快く引き受けてくれたのは、日本を代表するオーケストラである東京都交響楽団!
楽団で「ステージマネージャー」という仕事をされている浅見健太郎さんに話をお伺いしました。
今日はありがとうございます。浅見さんは東京都交響楽団の「ステージマネージャー」をされているそうですが、どんなお仕事なんでしょうか?
「演奏」以外のことを全て取り仕切るような役割です。コンサートやリハーサルの進行管理を行ったり、楽器の保守や調達をしたりですね。今回取材いただく、楽器の運搬の計画を立てたり、現場で実際に運搬したりもします。
すごく大変そうな仕事ですね。オーケストラって、一般的にどのくらいの人数で演奏するのでしょうか。
演奏する曲によって違うのですが、100名を超えることもあります。今回多くの演奏者を必要とするストラヴィンスキーの『火の鳥』という曲目があるので、いつもより楽器の数も多めになっています。
すると、運搬も大変になりそうですね。
ここにないヴァイオリンやフルートなどの個人の手で持ち運べる楽器は、演奏者が自分で会場に持っていくことが多いです。
ちなみに、どんな楽器を持っていくのが大変でしょうか?例えば、あそこにある大きな太鼓など、かなり大変そうに見えますが……。
ティンパニですね。確かにこれは大変な方です。大きくて重いことに加え持ちにくいんです。
ティンパニの横に数本ある細い銀色の柱がヘッド(叩く部分)の皮を引っ張っています。これに触ると引っ張る力が変わって、音色が変わってしまう。だからこの部分は運搬の時に触れません。
それはなかなか気を使いますね……。
試しに斎藤さんも一度ティンパニを持ってみては?大変さが分かるかもしれません。
……えっ?触るところを間違ったら、音が変わってしまうものを、僕が持つんですか……?
手伝いますので、一瞬持ち上げてみてください。
これは持ちにくいですね。それに緊張感がハンパない……!僕にはとても無理です……。
ハープも大きいですね。これもなかなか運ぶのが大変なのでは?
ハープも一度持ってみますか?大変貴重な楽器ですが。
えっ?なぜそうなる?
一瞬も持ち上がりません……。怖がって腰が引けてしまいます。
ちゃんと持ち方を覚えさえすれば、そこまで怖くはないですよ。実は、ハープの運搬で難しいところは別のところにあります。
これを持ち上げる以上に難しいことがあると……?
このハープの弦は羊の腸でできていて、温度や湿度の影響を受けやすいんです。今日のような寒い日に温かいホールに一気に搬入すると、結露して、音が変わってしまうんですね。なので温度管理に注意して運んでいます。ちなみに、先ほどのティンパニのヘッド(叩くところ)は、牛の皮でできています。この楽器も温度や湿度の影響を受けやすく取り扱いは難しいです。
なるほど。楽器の特性を見極めて運ぶ必要があるということですね。
ハープが入っていた大きなケースは特注ですよね?
そうです。ケースだけでも結構高価です。中に固定するベルトがついていたり、飛行機にも積みやすい形になっていたりと、さまざまな工夫がしてあります。
この楽器はホルンの一種でワーグナーチューバという楽器です。あまり使われない珍しい楽器ですね。
いままで解説していただいた物にくらべると、比較的持ち運びやすそうに思えますが、どうでしょうか?
そうですね。これは真鍮(しんちゅう)でできています。ハープに使われている羊の腸や、ティンパニに使われている牛の皮にくらべると、まだ多少取り扱いがしやすいです。
ハードケースもかっこいいですね。似たようなケースを持って電車で移動をしている人を見たことがある気がします。
ケースに入れてしまえば、普通に持ち運びはできますね。ただし、どんな楽器を運ぶときも、気は抜けないというのが基本になります。
まるでパズル!実際に楽器積み込みを見せてもらった
いよいよ楽器を車に積む時間になりました。今回はこの5人のスタッフで詰め込みを行うそうです。心なしか、空気がピリッとしてきているよう……。
地下のリハーサル室から地上に直接搬出できるエレベーターを上がった先に、トラックが荷台をつけてスタンバイしています。
トラックの荷台の広さはこのくらい。カラオケボックスだったら10人くらいは入りそうな広さですね。よく見ると、単なる荷台ではなくて、楽器を積むためのさまざまな工夫がしてあることが分かります。
- 奥に3つに仕切られた棚
- 左右の壁にライン状の金具
- 床の右に並んでいる金属製のバー
これらが楽器の運搬にどう使われていくのか?いよいよトラックへの楽器の積み込みが始まります。タイムラプスで撮影しているので、まずはそちらをどうぞ。
まるで、楽器や機材が吸い込まれていくかのようにするすると入っていきます! ここからは別角度から撮った写真と文章で、トラックへの積み込みを解説していきます。
まず運ばれてきたのはコントラバス。
小柄なスタッフの一人が棚に乗って、棚上段と中段に合計8台のコントラバスを収納していきます。
コントラバスが入っている上の棚には、小さな楽器や備品が収納された大小さまざまな箱が載せられ、金属製のバーが左右の金具に取り付けられます。これで棚の上段の荷物が落ちないよう完全に固定されました。
棚の中段にはミュート(弱音器)やスタンドなどが入ったクリアケースが積まれていきます。
下段にはティンパニが入った黒い箱を入れていき合計4台のティンパニが積まれました。ティンパニの右側には、隙間を埋めるように楽器のスタンド類を入れた木の箱が入ります。
棚中段の手前にはハードケースに入ったコントラファゴットが入ります。この後に中段は上段と同様に金属のバーで固定されました。
棚下段の手前に、左から「シンバルのケース」「楽器スタンドのケース」「舞台袖用の道具箱」が入りました。
これでトラックの荷台の三分の一ほどある、棚の部分までの収納が終了。この時点で、大小さまざまな大きさの楽器や備品を効率良く収納している様子がよく分かります。
この後に積み込んでいくのはイスです。丸イス、背もたれのついたイスなど形はさまざま。演奏する楽器によってイスも違ってくるというわけですね。
それにしても、イスって、演奏会場に置いてあるわけじゃないんだ……。こういうものも運ばなくてはいけないのは本当に大変!
イスや譜面台を大量に詰めた後に、下段も金属製のバーで固定します。
金属製のバーで固定した後に、緩衝材を入れています。これは、寝具のマットレスです。こんなふうに使うのか。
緑色の大きな箱には、先ほど僕が持ち上げたハープが入っていきます。ただ、この配置だとこの後に続く物が入れにくい様子でした。どうするのかと見ていると……。
一度入れたハープを取り出して、横向きから縦向きに配置を変えることにしたようです。やり直しをする判断が非常に早いのがプロっぽい。
ハープの横に大小さまざまな物をつんだワゴンを入れてきます。そう、先ほどのハープを横向きに入れた配置では、このワゴンが入らなかったんです。今度は入るか……?
気持ちいいくらいばっちり入りました!それにしても、この場で緊急対応したとは思えないようなピッタリさ!これも経験からくる勘なのでしょうか。
ハープのケースとワゴンの隙間を埋めるように詰められたクッション。
ここでベルトを掛けて固定、さらに少し余っているスペースにイスや、銅鑼を吊るすスタンドなどを積んでいきます。
搬入開始からおよそ38分でトラックへの積み込みが完了!
スタッフのみなさんの動きは、決して素早いわけではなく、非常に丁寧です。しかし動きにムダがなく、考え込んでしまったり、手が止まっているような時間がありませんでした。その結果、素早くきれいに詰め込まれているのです。
最終的にこんなふうに積み込まれました。パズルというか、テトリスというか……。すごい技術です。
楽器運搬の現場で大変なこと
トラックへの積み込みが終わったところで、浅見さんとスタッフの方々にお話しを伺いました。
お疲れ様です。見事な積み込みでした。迷いなく積み込まれているようでしたが、トラックの中で楽器の定位置は、おおよそ決まっているんでしょうか? それとも現場で毎回考えているのでしょうか?
だいたいは決まっていますね。奥の棚にコントラバスなどを入れるようにしています。奥の棚下段またはトラックの真ん中あたりにはティンパニなどの背の低いものを。そして手前側にはハープなどの背の高いもの。余ったスペースにはイスを入れて調節します。
だいたい決まっているということは、積み込んでいる途中で考えたり、悩むことはないのでしょうか?
いや、悩むこともありますね……。譜面台などの細かいものは、箱に入れて積んだ方がまとまるので、少ないスタッフで運べるんです。ただ、箱に入れるとトラックの中で場所を取ってしまうので悩ましい。そのバランスを毎回考えますね。ちなみに今回は物量が多いので、細かい物をまとめる箱などは、普段の積み込みに比べるとあまり使っていない方です。
そういえば、途中で一度ハープを入れ直しているように見えました。
先ほど言ったように、楽器の量がいつもよりも多かったので、それで少し調整しました。実は、調整の結果、「バスドラム」をトラックに載せないという判断をしています。トラックに積みきれないものは、ハイエースなどのバンをレンタルして積み込むこともあります。
なるほど……。かなりの遠隔地に行くケースもありますよね。そういう時もトラックで行くのでしょうか。他の輸送手段を使うことはありますか。
国内はトラックで行きます。ドアtoドアで行くことができますから、一番やりやすいんです。
それは大きな利点ですね。
海外だと飛行機を使うことになるのですが、通関を通った後は、再び通関から出てくるまで我々は楽器をどうしても触ることができません。それに加えて、飛行機はトラックと違って、気流などの関係で上下の揺れも起こります。そういったことが起きても大丈夫なように、専用の「フライトケース」というケースを使うのですが、気が気ではありません……。
考えてみると、お腹が痛くなってきそう……。
一番重要なのは、楽器を目的地まで安全に運ぶこと。偶然の事故も含めて、運搬中は何が起こるのか分かりません。それでも楽器をケースに入れて、目的地でケースから出すまで、何事も起こらないように努めるのが我々の役割だと思っています。
実際に東京都交響楽団の演奏を聴く
取材はここで終了……と思っていたのですが、東京都交響楽団の方から本日のコンサートにお誘いいただきました。
僕は取材の時から服装が変わっていないので、ジーパンのままです。こんな服装でオーケストラを聴いて、いいんでしょうか……?
もう一つ、心配なこともあります。クラシック音楽の鑑賞は、学校での音楽の授業以来になります。今回の演奏時間は2時間ほど。眠くなったりしないだろうか……。いくらなんでも、それは失礼過ぎる。
演奏が始まりました。僕が持ちあげようとしたハープも、ティンパニもあります。もちろんその他の楽器も全てそろっている。楽器が一堂に集まっていることに感動です。
コンサート会場に「楽器がそろっている」なんてことは当たり前のようにも思えるかもしれませんが、実は当たり前ではないということを僕は知っています。
クラシックのコンサートを表現する言葉を僕は何ひとつ持ってないのですが……演奏には本当に感動しました。
今回演奏されたのは、チャイコフスキーの『ヴァイオリン協奏曲』とストラヴィンスキーの『火の鳥』。どちらも僕にとっては、まったく知らない曲なのですが、単純に音がとてもエキサイティングで、一つも退屈な場面はありませんでした。
本当に誘っていただいてよかったし、クラシック音楽をもっと聴いてみたくなりました。眠くなるかもと心配していたんですが、むしろ興奮で目が覚めたくらいです。
考えてみると、僕が普段聴いている音楽は、生演奏であってもアンプやスピーカーなどの電子機器を通したものがほとんどです。楽器から直接出る音をみんなであわせてハーモニーにしていくなんて、神業としかいいようがありません。PAさんとかいないんですよ。
そして、「楽器を運ぶ」という地味で手間のかかる面倒な作業も、まさにこの感動的なハーモニーを生み出すために行われているのです。素晴らしい演奏の裏側には、楽器を扱うスペシャリストたちの知られざる技術や努力、そして熱い想いがありました。
著者:斎藤充博
1982年栃木県生まれ。ライター、漫画家、指圧師。インターネットで記事を書くことをどうしてもやめられない。
Twitter:
@3216
編集:はてな編集部
撮影:曽我美芽
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